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2007.12.13 Thu

オアハカ 初めての夜 2007/10/30

時間になったので、待ち合わせ場所まで急ぐ。
場所はナツミちゃんが泊まっている、ドンアントニオという宿の前。

地図からいくと、北がこっちだからー。。
旅には友達からいつも腕時計につけられる、方位磁石を借りている。
方向音痴の私にはとっても役に立つ。

5分遅れで到着、少々迷ってしまったよ。ごめんね。
無事三人集まって、ご飯を食べに行くことに。

メキシコの街には【ソカロ】と呼ばれる広場のようなものがある。
街の中心にあって、周辺には屋台や、レストランが沢山あるとのことで便利。

バスで一緒になったナツミちゃんは、中南米をこれから1人で周る、タフなお姉さん。
直子さんはルチャリブレ、サッカー好きのOLさん。彼女はメキシコに魅せられて、
もうオアハカには3度目とかで、かなり詳しかった。

彼女が食べてみたいというので、通り沿いにあった、屋台で夕飯を食べることに。

大きなトルティージャ(すり潰したトウモロコシから作る、メキシコの伝統的な薄焼きパンのこと)の上に炭火で焼いた肉とチーズ、レタス、チリなどが載っていて、ボリュームのあるピザのようだった。

これ1人分、超でっかい。32ぺソ(約350円)
これがまた、あんまりお腹が空いていなかったものだから全部食べきることができない。
その様子を笑いながら見てくる、メキシコ人たち。
わたしが食べたのはチキンがのっているもので、チキンのことは【ポジョ】というんだよ。と
直子さんが教えてくれた。

かなり濃厚な味で、チキンはやわらかい。ん~おいしいですねぇ。
お好みでサルサをかけていただく。これはかなりの高カロリーじゃないのか?
最終日にオデブになっていたらどうしよう。。

そう思っていると、どこから登場したのか、
背後にはギターを持った二人組み。
いきなり歌いだしたではないか、
これぞメキシコ!

しかもかなりレベルが高い。

わたしはギターの音が大好きなので、
食べながらフンフン鼻歌を
口ずさんでいると、曲が終わった瞬間。

「セニョリータ」といって、
帽子を差し出された。
とっても素敵だったので、
みんなで2ペソずつ入れた。

会計を済ませ、屋台を後にし、ぶらついていると、そこら中で演奏会が始まっていた。


ん~メキシコだ~ギターの町っていうのは本当なんだなぁ。と思った瞬間。
こっちでの演奏はどこでもOKらしい。警察はまったく注意しない。
こんな素敵な音なれば、日本だってやってほしい。
むしろ、教えておくれよ~セニョール!


初めて歩くオアハカの夜 初めて食べたメキシコの伝統料理 あー旅が始まっている。
こんなにわくわくすることって、ない。


ソカロ周辺では、子供ずれの家族を何人か見た。
子供たちは仮装していて、街はハロウィンの日のようだ。
死者の祭って仮装もうするのか~と、可愛い子供を見つけては写真を撮らせてもらった。
ん~この可愛さ!たまらない!明日からの3日間、死者の祭で大盛り上がりするであろう、
オアハカの外の風景が楽しみで楽しみで、仕方なかった。

解説:死者の日
http://www.actiblog.com/renaissance/19477
メキシコでは、古代アステカ暦の10番目の月を「トラショチマコ」と呼び、幼く死んだ子供達の魂を迎える祭りがあった。その翌月を「ショコトルウェツイ」と呼び、大人の死者の魂を迎える。夏の祭りは、征服後に、キリスト教に改宗となり、カトリックとアステカの祭りが融合し、「Los Dias de Los Muertosディア・デ・ロス・ムエルトス(死者の日)」となる。

この「死者の日」の儀式は、死者が迷うことなく招くためのオフレンダ(祭壇)へ、キリスト教の弔意を示す黒とアステカ人の弔意を示す橙の透かし模様切り紙細工に、四百の命の花センバスチ(マリーゴールド)、方位を示す4本の蝋燭、邪気を払う香と塩、炭火鉢、 死者の旅の疲れと渇きを癒す水、手を洗う水とタオル、死者の写真、死者の好物、大人の死者にはテキーラ、幼い死者にはチョコラテ(ショコラ)、 死者のパンに果物、砂糖菓子の髑髏、骸骨を祭る。道々には骸骨の砂絵がひろがる。

メキシコでは、人は三つの死を経験すると言う。一つは、肉体的な死。二つめは、土葬による母なる大地への回帰。三つめは、死者を知る人が現世からいなくなったとき

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