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おばさんの言う通り、一時間後に宿に戻ると
若い女性が買い物袋を沢山もって、ドアの前にいた。

どうやら彼女が宿の管理人らしい。
「hola, soy Aki」 わたしの本名は有希と書いてあきと読む。
「わたしはあきです」 予約をとっていたので、彼女もすぐ理解してくれたようだ。
彼女は英語もはなせるそうなので、本当に助かった。

メキシコ人で初めて英語が話せる人に会ったのだ。
彼女の名前はペルラ。 宿の名前にもペルラが入ってる。

彼女は一人で宿を経営していて、可愛すぎる娘が2人 パウラとマリアがいる。

とりあえず、部屋に案内され、荷物をおろした。
わたしの部屋は二階にある、この宿は小さくてどうやら他に3部屋あるらしい。
わたしの部屋は共同シャワーの一泊150ペソの部屋だ。


少しゆっくりして、下に降りると、ペルラがコーヒーとパンを出してくれた。
このパンがすごい!出発前にメキシコの死者の祭のことをしらべていて、
発見したパンがある!これが死者のパンだ。なんとパンに人の顔が付いている。

これにはわたしも大興奮!このクレイジーな色!そして食べ物に人!
なんというハイセンスなんだろう!
しかも、ペルラの入れてくれたコーヒーの美味しいこと!

しばらく会話を楽しんでいると、日本語でただいまーと帰ってきたのは
超べっぴんさんの女性。彼女はチヒロさん。
日本人とは思えない、モデルのような彼女はまるでゴクミの様だ!
なんと仕事でメキシコに来ていると言う。3ヶ月の間ここに住むという。
どうやら凄腕のバイヤーさんだ。

ペルラとチヒロさんと色々話をしていたら、あっという間に8時前。
そういえばわたしは、バスが一緒だった日本人の女の子2人と一緒に
ごはんを食べに行くのだった。待ち合わせ場所まで急ぐ。

うまそうな ドーナツをターミナルで買っていたので
朝ごはん代わりに食べることにした。うまい!

メキシコのドーナツは大きくて、日本のものとあまり変わらない。
隣に座っていたのは可愛らしい25歳のイングランド人の女の子

やっぱり疲れていたのと、標高が高いせいなのか、頭痛がして
あっという間に眠ってしまった。

バスから見える景色は時間が経つにつれ、山道へと変わり自然が多くなる。

何度か起きたり、寝たりを繰り返し、5時間で到着するはずのバスは
7時間後ようやくオアハカに到着。(16:00)着

バスターミナルで荷物を受け取り、バスで一緒だった日本人
ナツミちゃんナオミさんと3人で市内まで行くことに。

宿の住所を見て、地図と照らし合わせる。
こんな時に方位磁石。方向音痴のわたしには必須アイテムだ。

夕方のオアハカも寒い。ガンガン歩くしかない!
二人は別の宿にいくというので、ここから先は全て一人。
少々不安ではあったが、頑張ってみるけるしかない。

わたしの目的地の宿は、オアハカに詳しい人から聞いてすすめられた
casa perla mar という宿。

向かいから歩いてきた男性に道を尋ねてみると、
優しくおもいっきりスペイン語で教えてくれる。しかし、何をいっているか全く分からない!
まいったなー。と首をかしげていると、大げさなジェスチャーで
壁を指差し、何か言っている。

どうやらオアハカは全ての道に名前が付いていて、その道の名前は
コーナーの壁の上にプレートで分かるようになっているようなのだ。

お!それならば簡単!グラシアス セニョール!

グングンガンガン歩いて目的の宿があるとおりに出た。
さて、どの位置にあるのかな。。。その間、終始視線が熱かった。
というか見られる見られる。どうやら日本人は珍しいらしい。

インディペンデンス 、マルティネスタキュバヤ 2つの通が重なる場所にあるらしく、
何度も道を通る人に声をかけるが見つからない。同じ道をいったりきたり、
向こうに渡れば、戻れといわれるし、戻ればもっとあっちだといわれるし。

だんだん暑くなり、疲れてきた。
荷物も重たいし、あきらめかけていると、
サルサ教室の横に座っていたおばあちゃんがなんと目の前まで案内してくれるのだった。
【おばあちゃーーーーーーーーーーん、ありがとーーーーーーーーーー】

握手をして、心から感謝の気持ちを表現した。
あーこの外観は見つけにくいはずだー、でもよかった!!!

・・・・・・・・・・・・・・・・・しかしドアは開かない。
何度か頑張ってみるが、ドアは開かないし、誰かが出てくる気配もない。
仕方ないので、隣の洋服屋さんに聞いてみる。

「カサ ペルラ」はここですか? 
やっぱり返ってくる答えが聞き取れない。
そんな時、持っていた
旅の指差し会話帳 メキシコ版を取り出す。

やっとのことで、なんとなくだが
「宿の人は、1時間後に多分戻ってくるから」

なんと!それじゃー仕方ない。
落ち込みつつも、それを信じて周りを歩いてみることにした。



わたしはかなり疲れていたのと、少しだけお腹も空いていたので
何か食べれる場所はないかな~と探していると、アイス屋さんらしき屋台を発見!

おいしそうな白いアイスを指差し「ウナ プルファボール」 というと、
隣にいたアイス屋の仲間?のおじさんに声をかけられる。

「何人なんだ?」
「いつこっちにきたんだ?」
「1,2日には死者の祭りがあるぞ」
「Xoxoって場所に行けば面白い」 などなど本当になんとなくだけど、
身振り手振り話せば、どうにか伝わるものだ。

メキシコの人は本当に親切な気がする。
日本人は英語が話せないからって、外国人に対してとってもシャイだ。

それがわたしには少し淋しく感じる。

おじさんは終始笑顔で話してくれて、アイスもほとんどの味を試食させてくれたので、
わたしの体は冷え切ってしまった!おじさん、ありがとう!

「明日もまた来なさい」 

1時間後、宿の場所まで戻った。

やっとメキシコにも朝がきた。時差のせいか、6:00AMに目覚める。

今日の予定はどうしようか、死者の祭りが11月1、2日であるから(日本のお盆のようなもの) 祭りが盛り上がるであろう、田舎のオアハカに行こうか、
それとも今日はシティを見学して、明日オアハカに行こうか。 

悩んだ末、続々起きてくる宿泊者の中に

脳外科医、ケンタロウ君は
今日、ルチャ・リブレ(メキシコプロレス)を見に行った後、ピラミッドに行くらしい。

便乗しようかどうしようか悩んでいると、
昨日ちょっとだけ話をしたナツミちゃんは今日ちょうどオアハカに出発するという。

おーこれは悩んでいられない、ナツミちゃんに便乗させてもらい
朝8時、荷物をパッキングしなおし、宿を出発。

初めてのメキシコの一日が始まる瞬間であった。

メキシコの朝はとにかく寒い。
コーデゥロイのパンツをはいてきたことが唯一の救いだ。

宿が手配してくれたタクシーに乗り込む。
オアハカ行きのバスターミナルまでは約30分。

タクシーの窓から見える町並みはそれはもうカラフルで、
もうワクワクは止まらない。これがわたしの求めてきた色の洪水。

これから向かうオアハカは、どんな街なんだろう。

あっと言う間にバスターミナルに到着。
重い荷物をしょって、チケット売り場を目指す。

慣れないスペイン語で「オアハカ ポルファボール」 
日本語に訳すと「オアハカ お願いします」 かなり適当なスペイン語だが通じた。

運のいいことに、ナツミちゃんと同じ時間に出発するバスのチケットがとれた。

オアハカまでは5時間。メキシコの一等バスはどんな按配かしら。

荷物に南京錠をかけて預ける、そして乗り込む。
いよいよオアハカに出発でござる。

鉄格子で囲まれた入り口の前に立ち、ブザーを押すと、
ドアを開ける爽やか少年。しかし彼は宿の管理人ではなかった。
ここでは宿泊者がドアを開けることになっているらしい。

世界に数多く存在する、日本人宿は一人旅には初日に関しては調度良い。
なぜなら、ここメキシコは特に、英語が通じないからだ。

やっぱり初めて地を踏む場所は、緊張がつきものだ。
初日は情報がとくかく欲しい。
周辺の交通機関はどうなっているだとか、どこが危険地帯なのかとか、
やっぱり本だけではどうにもならない箇所が多々ある。

日本語が話せる、というのは本当に安心できることだ。
日本人にも悪い人はいるかもしれないが、ある程度緊張が緩む。

外国のドミトリー(相部屋)で、一番注意しなくてはならないのが、
貴重品の管理。お風呂に入りにいくにも、パスポートと現金、カードだけは
風呂場にも、もちろん持って行く。万一のことを考えると仕方のない行為である。

日本人に対し、ある程度の信頼があるので、貴重品の管理を徹底しなくても
まぁ、大丈夫なのが日本人宿。やっぱり母国の人は真面目な傾向にあるから。



一泊分を支払い(90ペソ=約990円)
男女混合ドミトリーに案内され、荷物をおろす。
そして、気づいた。

どうやらここはものすごく寒いらしい。
なんと!わたしが持ってきた唯一の部屋着は短パン。
完全に間違った!
メキシコといったら大きな太陽?大きなサボテン?=常夏 完敗である!

わたしの大きな誤算だった。
メキシコシティ、知ってはいたけれど、ここは標高2000mの位置にあり、
10月からどんどん冷え込むらしい。

仕方ないので風呂に入ろう。あったまって寝れば大丈夫!
と思いつつ、シャワーを浴びるとお湯がなかなか出てこない。
あーこの感じ。そうそう場所にもよるけど、シャワーの勢い悪いのよね。
さっさと風呂を済ませ、日記を書きながら、聞き耳たてていると、

どうやらこの部屋にいる半分の人は
世界一周、もしくは中米を周る人のようだ。

一ヶ月の旅は、ここでは短期間に聞こえる。

宿には

・若手脳外科、メキシコのガイコツ好きや、
・映像作家のナイスヘアの男の子
・眼鏡の似合う元OL中南米旅行中の女性
・アメリカから旅行に来た、また別のじゅんこちゃんという女の子、
・年齢不詳のおじさま、など色んな人がいた。

さぁ、布団に入ろう。 しかし寒い。布団は布団ではなくベットカバーのような薄さだ!
これも全て、常夏?メキシコの気候のせい。。というかわたしのアホな考えのせいである。

寒さで最初は眠れなかったが、そのうち疲れが出たのか爆睡。。

しかし隣に寝ていた男性の寝言
【いや~絶対行った方がいいですよ!】の大きな一声で目を覚ますのであった。
(2:30 AM) 

さて、明日はどこへいこうか。

ようやくメキシコシティに到着。
入国審査を済ませ、スムーズにゲートに到着。
じゅんこさん、お父さんと空港出口を出ると、じゅんこさんが声をあげた!

「あー!彼だわ。いたいたいた。」

やっぱりメキシコで会ったじゅんこさんは
天使様だったようです。

なんと3年振りの再会、
じゅんこさんのご友人カルロスさんは
彼女を待って早1時間。

そして彼女とは、これで会うのが2回目だそう。
しかも、友達の友達という間柄。
なかなかメキシコ人は熱いようだ。
「hola!(こんにちは)」 
そう声をかけられ、思わず笑顔になった。

カルロスさんと初めてスペイン語で言葉を交わしてみたが、
結局わたしは自己紹介といえど、名前くらいしか言えず、沈没。
カルロスさんは、容赦なくスペイン語で何か聞いてきた。
が、またしても沈没、笑顔で対応。

しかしカルロスさんは、終始笑顔で、肩を抱いてくれました。

カルロスさんはじゅんこさんとの、久しぶりの再会を喜び、
これからみんなでカフェに行かないか?という。(23:00)

快くOKしたが、もうだいぶ夜も更けている。大丈夫かなぁ?
宿までどうやっていこうかな。その前に両替をしないと。
空港の中には両替所が数社はいっていた。一番レートの良い場所を探し、交換。

1ペソ=約11円


さっそく空港を出て、タクシー乗り場へ移動。
ゲートの目の前はお迎えのメキシコ人でごった返していた。正直そわそわしていた私。

カルロスさんのおかげで安心、どでかいVIPタクシーに乗り込む。
カルロスさんのお気に入りのカフェがあるというので、市内に移動。

移動中、初めて見るメキシコの夜景に終始ドキドキしていた。
思った以上に市内は綺麗で、以前行ったタイ・ラオスに比べると桁違いに整っている。
道は凸凹していない、町は綺麗な光に包まれて、不安な気持ちを軽くしてくれた。

カルロスさんはタクシーの運ちゃんと終始話が止まらず、なんとも楽しそうだ。
メキシコ人はおしゃべりな人が多いらしい。
日本のタクシー車内はあんまり会話が聞こえない気がする。
陽気なこの雰囲気に、この旅はきっと楽しくなるような気がしてならなかった。

約30分後、カフェに到着。もう時刻は23:30 
カフェの前には20歳前後と見られる少年が、数名たむろしていた。
なんだか雰囲気がおかしい、この感じ久しぶりだ。

周りを見渡すと、オープンしているお店はほとんどなく、このお店の前には
物乞いの少年や、少女が集まっているようだ。わたしと大して年齢はかわらなそうだ。

以前行ったタイでもそうだった、町を歩けば20人のうち1人くらいのペースで、
障害を持った人が、道に腰をおろして空き缶を片手に、悲しい顔をしている。

こんなに綺麗な街でも、こうして私と同い歳くらいの彼らが、貧しい暮らしをしているなんて。
またしてもショックを受けた。だけど、ひどいことに私の感覚は確実に麻痺していた。
以前感じたように、涙が出たり、長時間悩んだり、どうしてもできなかったのだ。

冷たい人だと思うかもしれないが、わたしは彼らに何もしてあげられない。
毎度、胸をいためるだけだ。
やはりこんな時、自分の無力さにため息が出る。


初めて見る、スペイン語で書かれたカフェのメニュー。
いったい何が何で、どれがどれなんだか分からないが。

どうやら「café con leche」はコーヒー牛乳のことらしい。

カルロスさんは、店員さんに適当にパンを注文し、わたしにもおいしいパンを分けてくれた。

そんな彼は、最後わたしにメールアドレスを書いてくれて、
「またメキシコシティに来るときは、連絡しなさい。」と優しい顔でにっこり笑った。

店にいる外国人はわたしたちだけのようで、周りにいるお客さんはみんなわたしたちを見る。
そんなに日本人が珍しいのか、子供たちはうれしそうに笑いかける。

さぁ、そろそろ宿へ移動しようか。

カルロスさんは私をタクシーで宿まで送ってくれるという。
じゅんこさんと、お父さんに「また、オアハカで会えますように」と別れをつげ、
私たちはタクシーに乗り込んだ。

街は暗く、路地でみかける人の大半はホームレスのようだ。
怪しい空気がこの街にはたちこめているように思う。
こんなキレイな街でも、どうしてだか落着かない。
一瞬で、この街の治安が悪いと言われる意味が理解でした。
女1人では、どうやらこの時間帯出歩くのは不可能なように思える。


ようやく住所をたよりに宿に到着。カルロスさんは「アディオス」といって手を振った。
なんと、タクシー代まで出してくれたのだった。
わたしが断ると、「いいから早く入りなさい。」という。なんて優しいひとなんだろうか。

本日のお宿はサンフェルナンド館
初日は日本語の通じる宿でゆっくりしたい。

宿にはどんな人がまっているかしら、、、。つづく

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